「じゃあ、頼むぜ」
そう言って、マスターは3人に注文伝票を渡した。
「さてと…」
と言い、カウンターを離れると、
レナはそそくさと自分たちが座っていた席にあったグラスやらを片づけ、
一人の客に目を付け、注文を取りに行った。
「ご注文は何になさいますか?」
レナは、春香たちと話している時より1オクターブ高い声で、丁寧に注文を取った。
注文を取り終えると、すぐに酒を取りにカウンターへと戻ってくる。
「あなたたちも、できることは見つけて、働いた方がいいわよ」
とだけ春香たちに言うと、さっさと酒を取り、注文を取った席へと戻って行った。
「わ、私!料理運びます!」
「私も、洗い場くらいならできます!」
そう言って、春香は料理運びへ、小鳥は洗い場へと向かった。
「こちらでよろしいですか?」
一方レナは、きちんと注文の酒であることを客に確認する。
「あの…失礼なことをお伺いするかも知れませんが、旅の方でいらっしゃるのですか?」
レナの問いに客は「そうだ」と答えた。
「まぁ。わたくし、旅の方のお話を聞くのが大好きですの。
よしければ、お話を聞かせて下さるかしら?」
レナのように美しい女性に興味を持たれ、
王族としての言葉遣いの丁寧さも加われば、悪い気のする男はいないだろう。
男はすっかりその気になり、上機嫌に自分の旅のエピソードを話し始めた。
「はい。こちらでよろしかったでしょうか?」
耳に聞きなれたバイト敬語を巧みに駆使して、どうにか春香も様になる料理運びを行う。
―――え?レナさん?なんでお客さんと話し込んでるんですか!―――
客席を見回す中でそんなことを思いながらも、絶えず客は回転する。
それを注意したり、問いただしている余裕などない。
美女と酒に気を良くしている客はまだまだ話す。
―――そろそろかしら―――
レナは、酒のなくなり具合や時間の経過からそのように思うと、
「楽しい時間をありがとうございました。
でも、わたくしもそろそろお仕事に戻らないといけませんので…」
そう言って立ち上がろうとすると、客はレナの腕を掴んで引きとめた。
「ですが、もうお客様のお酒もありませんし…」
そのように言い淀むと、客は「追加を頼んでやるからいてくれ」と言い出した。
だが、すっかり美女と酒に酔わされた客は気付いていない。
レナはそれを言ってもらいたかったのだ。
そのまま客は泥酔し、レナにまで奢りだした。
社交界で酒を飲みなれているレナもいい調子で飲むものだから、
レナの商法にすっかり騙され、同じ文句でそこからさらに4度も酒を追加注文し、
普通の客単価の実に5倍近い金を落として、客は店を去ることとなった。
「またいらしてくださいね♪」
レナはこの客に、入り口まで見送るというサービスまで行った。
「レナさん!」
店内に戻ってきたレナを春香が呼び止めた。
「あら、何?」
何事もなかったかのようにレナが聞き返す。
「『何?』じゃありませんよ!料理運ぶの手伝ってくださいよ~」
「ん~。でもハルカのやり方より、私のやり方の方が早くたくさん稼げると思うわよ?」
「えぇ!?ダメですよ!だって私、未成年ですよ!?」
「ミセイネン?何?ソレ」
レナが、春香が口にした言葉に疑問を持った。
「私たちの世界では、20歳未満はお酒を飲んじゃいけないっていう法律があるんですよ」
「へぇ~。何でかしら?」
さらにレナが掘り下げて聞く。
「え、アレ?そう言われれば…何ででしょう。私もよく知りません」
未成年による飲酒が禁じられている理由は、
主に成長過程における脳の形成に悪影響を及ぼすためであるが、
法律を破るということが考えにない春香にとって、
その理由は疑問以外の何物でもなかった。
「なら、試してみてもいいんじゃないかしら?」
「う~~ん」
レナの勧めに、春香は腕を組んで唸る。
「あ、いらっしゃいませ~」
レナが入店に気付き、そそくさと二人組の客へ駆け寄る。
その風貌から客は……旅人であった。
「またやるんですか!?」
レナの行動に春香がブーたれる。
「おい、話し込んでないでいいから、早く料理を持って行ってくれ」
マスターが、カウンターから春香に料理を持って行くよう促した。
「あ、は、はい!すぐに!」
料理をお盆に載せて料理を運びに行くと、
「ネーちゃんはアレやってくんないのかい?」と、
客と話し込むレナを指して、呼び止められた。
「え、えぇ!?でもぉ…」
と言い淀んでいると、「いいじゃねぇか」と言いながら、
手首を掴まれ、イスに座らされてしまった。
「まぁ、まずは1杯飲めよ」、「ホレ。どうした?」
と卓についている客たちが酒を勧める。
―――うぅ。ホントにいいのかな?―――
グラスに注がれた酒を口へ近付ける。
―――うっ!―――
慣れぬ匂いに顔を背けたかったが、客の目の前、ましてその客に注がれた酒だ。
そんなことをするのは失礼にあたると、春香は目を閉じるだけでどうにか耐えた。
春香のその仕草に「酒は慣れてないのかい?」と尋ねられた。
まさか初めてだとは思われなかったようだ。
意を決した春香は一気に飲んでしまった!
大して強い酒ではないが、初めて口にするアルコールのノドが焼けるような感覚に、
春香は「ケホッ!ケホッ!」と軽くむせた。
「お、いい飲みっぷりするじゃねぇか♪」と、
飲み慣れていないとわかっていながら、いや、
わかっているからこそ面白がって再び、今度はグラスになみなみ酒を注いだ。
自分もアイドルという仕事から心得ているため、
客の気分を害することはできないし、
春香は燃えだしそうに熱くなる胸を冷ますためと、
さすがに今度は一気はしなかったものの、冷えた酒に口を付けた。
火照った体を冷まそうと、酒を飲むことでその悪循環はさらに進む。
二人連れの男たちが頼んだビンが空く頃には、
春香は自分の首で支えてはいないのではないかと思えるほど、頭をフラフラとさせていた。
「ほら、ネーちゃん。追加だ。持ってきてくれ」と空きビンを渡され、
立ち上がった春香は、今にも転びそうに足下をフラつかせていた。
「は、春香ちゃん!大丈夫!?」
春香のその足取りに、たまたま近くを通りかかったあずさが声をかける。
「はい、大丈夫です大丈夫です」
とは言うものの、その呂律は少々怪しく、体は船の上にいるかのように踊っていた。
そしてそのままカウンターへと向かってゆく。
あずさは、『いつ転ぶか』とその背中を心配そうに見つめていた。
だが、転ばない!転ばない!どう見てもフラついているにも関わらず、
シラフでいる時より明らかに転びそうになかった。
―――アレなら心配ないかも知れないわね―――
そう思い、特に何をすることもなく、あずさはそのまま仕事に戻った。
結局その日春香は転ぶことはなかったが、
あまりに酒に弱く、へべれけになってしまい、そのままその日の営業は終了した。
「お疲れ様でしたー」
「おつぅかれさまぁれしたぁー」
皆が挨拶をする中、春香だけは完全に舌が回っていなかった。
◇ ◇ ◇
みんなは、マスターの提供する部屋に全員で泊めてもらえることになり、部屋へと入った。
「お疲れ様―♪」
レナは酒のせいもあり上機嫌に振る舞う。
「はぁー。疲れた」
そう言いながらベッドに腰掛けふくらはぎを揉み解しているのは小鳥だ。
「でも、春香はもう飲まない方がいいって思うな」
春香が飲まされた後、結局あずさも美希も客に誘われ飲む形となったが、
今まともに話せているだけに、美希もそこそこには飲めるようだ。
「そうね。お客さんに誘われた時の、最低限にした方がいいかも知れないわね」
だが、やはり未成年であることが気にかかるのだろう。
あずさは美希にも極力飲まず、できるだけステージでショーをするよう提案した。
「そうね。それがいいかも知れないわ。
さ、反省会はこのくらいにして、今日はもう寝ましょう」
レナのその言葉で話し合いは終わり、彼女らは床に就いた。